|
尊敬するフラメンコギタリストたち)
パコ・デ・ルシア
フラメンコを世界に知らしめた貢献者。フラメンコギターの神様。
パコの影響でフラメンコギターを始めたギタリストは、数知れない。
しかし、天才的なギタリストであるがゆえ
(彼が影でどれだけ努力をしたかを知ったら、
天才などという言葉で片付けられるだろうか?)
日本ではフラメンコのソロや、セクステッドなどでの音楽中心の活動が目立ったため
カンテフラメンコや舞踏などに対する普及効果ということでは若干疑問がある。
それは、日本のメディアの取り上げ方に問題があるのであって
パコのせいではない。パコのカンテ伴奏がいかに
フラメンコを泥臭いだけのもというイメージから
カッコよくて熱くて身近なもの、現代に生きる新鮮な音楽として感じさせてくれた。
しかし、カマロンの伴奏者としての一時代、他のギタリストに与えた影響力
現代のフラメンコギターの歴史を作り、
ヒターノの文化を開放して世界に広め
(開放するということでは彼がヒターノでないことにも大きな意味がある)、
ブームに火をつけた影響力を考えるとパコ程のギタリストは
今後もう二度と生まれないかもしれない偉大な存在だ。
初期のものから、最新のものまでパコの演奏は、フラメンコギターの聖書とも言えます。
カニサーレス
清潔感のある演奏。気品?と格調さえ感じられるような、高い技巧と音楽性を持っている。
ビセンテアミーゴほど、センチメンタルではなく
トマティートほど、野生的ではなく
ヘラルドヌニョースほど、個性を主張しないけれど
けれど、それら全てをカニサーレスは内に秘めていて
変幻自在に操っているかのように見える。
理論派のカニサーレスは、
音楽の構成が綿密で、可能ならば弟子入りして、学んでみたいものです。
トマティート
ヒターノ特有でフラメンコでしかありえないようなリズム感覚とスタイルを持つ。
ここまでリズムを自在に操るギタリストは少ない。
彼の演奏スタイルを好むかどうか、意外と別れるようだ。
好きな人は、トコトン好きだ。まるで、MACファンのように。
そういえばトマテという愛称からして、MACに通じる親しみやすさがある。
パコが好きな人は、トマトも好きだったりする。
当然僕も、トマトファンだ!
ニーニョリカルド
閃きとか、感性とか、人間性とか、ドラマとか。
そういものの究極の形をリカルド節で聞かせてくる。
土臭い香りは、今の時代には、はやらないとは思う。
人間が今以上に品格を持っていた古き良き時代の
真珠のような演奏を聞かせてくれる。
たとえば、セゴビアとかクラシックの演奏家から見れば、
時にひどい音だと悪評を受けかねない音色ではあっても
リカルドおじさんの場合は、天才的なフラメンコの魂で
すべてを味わいに変えてしまします。
サビーカスの清潔な演奏と比較すると、リカルドおじさんの方がこてこてなんですが
それがなんともおいしいのです。古き時代のフラメンコの奇跡の魂です。
ニーニョ・ホセレ トマティートと親戚関係にあるらしい。確かに、演奏を聴いて見てもネバりのあるコンパスの
雰囲気はどことなく似ている。たった一枚のCDしかもっていなけれど
とてもいい雰囲気と乗りで、もっと聞いてみたいなと思わせられた。
乾いた音と鋭角なリズムと音の腰の粘り、全部参考にしたい。
プレリアの切れは、ヒターノならではのシャープにあふれている。
ビセンテ・アミーゴ 単なるギタリストというより、コンポザーとしての才能をあわせもつ、
実質的なパコの後継者。
ポエタなど、オケーストラとの競演作品など、スケールの大きな世界を作る。
単に繊細なだけではなく、フラメンコ的なアクのセンス?では、独特ものがある。
今後の展開にも常に目を離せない。
この人のギターは、この世の物ではないような凄みがある。
モライート・チーコ
カンテ伴奏では、歌をひき立てることに徹するが、時折見せるソロにも
ヘレス特有のウネリがある。
チクエロ
リズムとハーモニーでは、他のギターリストとは一線画するほどに
独自の感性を持ち、新らしいものと伝統的なものを融合させる技は天一だ。
マノロ・サンルーカル パコは比較的伝統的なスタイルを尊重しながら、
その上に革新的な要素を加えたのに対して、
マノロ・サンルーカルは、フラメンコという素材を料理する天才シェフのような人で
何気ない素材を見事に美味しい料理に変えてしまう。
感性と知性をあわせもつ、名ギタリストであるとともに、
後継者の育成にも力を注ぐ素晴らしい教授でもあるようだ。
ビセンテが彼についたのもただの偶然ではないだろう。
ぺぺ・アビチュエラ
なんと言うか、すごくバランス感覚のいい人で
こういうフラメンコギタリストになりたいと思う理想の人。
普遍的なものと現代的なものを兼ね備えた
伝えてくれえる数少ない芸術家。
歯切れの良いアビチュエラの演奏は元気が出ます。
沖仁 日本人であることを感じさせない音楽性、リズム感。
ひよっこの僕は彼と同じ音楽をやっていることが恐ろしくなる。
同じ日本人だけに、彼の演奏を間のあたりにすると度肝を抜かれる。
素晴らしい技巧を持っているのに技巧が目立つというよりは、
先に音楽が聞こえてくるところが素晴らしい。
クアトロカミーノ、石塚隆充との活動などユニークな活動を行っている。
今知る限り、日本人フラメンコギタリストでダントツの存在。
クラシックのギタリスト)
クラシックの世界は、長い間、ブランクが続いていて
沢山の優れたギタリスト達の活躍を知らぬまま現在にいたっています。
ですから、ほんのわずかだけですが
代表選手だけ。。。。
アンドレス・セゴビア
セゴビアトーンと言われるほど、ギターの音色を芸術にまで高めた人です。
それまでは、大衆音楽の道具としてのイメージが強かったギターを
ソロ楽器としてバイオリンやピアノと同等の芸術レベルまで、高めるために生涯を捧げた人です。
フラメンコの神様がパコなら、クラシックギターの神様はセゴビアでしょう。
独特の歌いまわしは、好き嫌いがあるかもしれません。
N.イエペス氏とは、音楽的な解釈、ギターの表現上の手法の違いなどで
対立?していたように思われます。
両氏は既に生存していませんが
どちらにせよ、ギター界に永遠に名前を残すことに間違いありません。
ナルシソ・イエペス
「禁じられた遊び」で一躍有名になったのですが、十弦ギター奏者として
独自の音楽スタイルを持ち,正当派のギター奏者としても
セゴビアと常に対比されて来た、もう一人の天才です。
ただし、セゴビアやイエペスの伝記や、弟子たちの回想を見ると
どちらも、並外れた努力の人だったと感じます。
村治佳織
ギターで音楽を奏でることは、思ったより難しいのです。
彼女は、すごく自然に音楽を奏でます。
テクニックばかりが協調されず、音楽が聞こえてくる。
フラメンコの沖仁さんと、何か共通したものを感じます。
CMやテレビで美人ギタリストとしても人気がありますが
正当派ギタリストとして、日本が代表する存在です。
福田進一 村治佳織の師匠であることは有名ですが、
彼女を凌ぐ音楽性とテクニックをもつギター界のマジシャンです。
その華麗な演奏にファンが多いのもうなずけます。
山下和仁 元祖天才ギタリストです。
「展覧会の絵」など、独自のアレンジで、超人的なテクニックと
大胆な演奏で、鮮烈なデビューを飾った彼ですが
現在も、嘱託作品を発表するなど、独自の道を築いているようです。
彼とはほぼ同年齢ですが、彼がデビューしたとき
あまりのレベルの違いに、ギターを止めようかと思ったものです。
|